新刊『Made by Hand』

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[Make: Japan Books]の新刊『Made by Hand ── ポンコツDIYで自分を取り戻す』が6月25日に出版されます(この告知は7月上旬まで一番上に表示します)。

「Makerムーブメント」を主導する雑誌「Make」の編集長、ブロガーとして知られる著者による、ビットの世界からアトムの世界への旅の記録。野菜作り、エスプレッソマシンの改造、シガーボックスギター作り、鶏小屋作りと養鶏など、さまざまなDIY体験を通じて、個人が物を作ることの意味を考える一冊です。「失敗とは恥ずかしいこと」、そして「自家製品は不完全なもの」という固定観念から抜け出して、身の回りの物理環境を創造、改良するという楽しみを、生活に取り入れていく過程をユーモアを交えて綴ります。自分にあったDIYをはじめてみたいと思っている方、Makerムーブメントの根底にある価値観を知りたいと考えている方におすすめです。


上の紹介文にもあるように、本書の著者はMake英語版編集長のMark Frauenfelder(マーク・フラウエンフェルダー)。ブロガー、イラストレーターとして、ビット(デジタル)の世界で活躍していた著者が、アトム(モノ)の世界で、DIYをはじめて気がついたこと、考えたことについて書いた書籍です。

とは言っても、決して堅苦しい書籍ではありません。さまざまなことに挑戦、そして失敗し、奥さんに嫌味を言われるエピソードも多く、個性的なMakerの言動が活き活きと描写されていることなどと合わせて、気軽に楽しんでいただける内容です。同じような背景(コンピュータを使った仕事が中心)を持っていて、モノを作ることに興味を持っている方には、共感していただける書籍だと思います。

また「Make」の世界の背景にある大きな流れのひとつ「オープンソースハードウェア」に関しては、『Arduinoをはじめよう』や『Prototyping Lab』などで詳しく解説されていましたが、もう一方にある草の根的なDIYの広がりや生活に密着したDIYについてまとまって書かれた資料として、「Makerムーブメント」に関して興味を持っている方の好奇心にも応えることのできる書籍になっています。

翻訳は先月の『子どもが体験するべき50の危険なこと』に引き続き(!)金井哲夫さん、イラストレーションは八重樫王明さん、そしてデザインはこれまで同様に中西要介さんにご担当いただきました。

これまでのエレクトロニクス関連書籍や、過激な実験・体験をテーマにした書籍に比べると少し地味な本ですが、(日本の)Makeシリーズのなかで、とても大事な書籍だと担当者としては考えています。ぜひ店頭でお手にとってご覧ください(日本語版は原書にはない口絵付きです)。

以下に本文からの抜粋を掲載します。


 ロサンゼルスに戻るや、北カリフォルニアの技術系書籍の出版社、オライリー・メディアの共同創設者デール・ダハティから電話が掛かってきた。私が二〇〇〇年に立ち上げたナードカルチャーのブログ"Boing Boing"にも詳しい彼は、私が南太平洋にいた間、温めていたという一般向けの技術系工作雑誌のアイデアについて話してくれた。デールは、天体観測、アマゾンで物を売る方法、精神力を高める方法、ホームオートメーションなど、幅広い分野にわたる実用的な知恵や簡単な工作などを紹介する本「Hacks」シリーズを順調に立ち上げていた。物を作ったり改良したり修理する方法を教える雑誌を出すという彼のアイデアに私は共感した。

 デールと私は何度も会ってアイデアを出し合った。私たちが目指していたのは昔のDIY雑誌だった。一九四〇年代から一九六〇年代のDIY黎明期のものだ。当時の「Popular Science」誌には、芝刈り機のエンジンでゴーカートを作るとか、合板と磁器タイルでモダンなコーヒーテーブルを作るといった工作記事が多く掲載されていた。

 デールも私も、昔ながらのクラフトや、ガーデニング、養鶏、養蜂、食料の保存といった家庭的な活動が、ウェブという巨大な情報配信手段を活用することで、再び人気を呼ぶと感じていた。人々は、DIYの楽しさを再発見し始めていた。この雑誌は、ウェブ上の愛好家たちによって情報が蓄積されつつあった物作りや実験や機械いじり(tinkering)を称賛するものにすべきだと考えた。魅力的な誌面に最高の工作記事を、きちんと検証した上で、家で作れるようにステップバイステップの丁寧な解説を付けて紹介する。私たちが敬愛する"アルファ・メイカー"(Alpha Maker、クールな物を設計して作る研究と実践を重ねている物作りの第一人者たち)を紹介して機械いじりや実験を奨励し、お勧めの工具や参考図書やウェブサイトなどの紹介記事も載せて、物作りに興味のある人たちの役に立つ情報を提供する。

 こうして、二〇〇五年二月に「Make」が創刊された。デールと私は、初年度は一万人の定期購読者を目指していた。しかし、実際はその四倍だった。四万人が定期購読してくれたのだ。現在、販売部数は一〇万部を超えている。編集長として、私はこの数年間に数多くの素晴らしいDIY愛好家たちに会うことができた。彼らの生き方は、新鮮であり刺激的だ。DIY愛好家たちは、自分自身や家族が使ったり、食べたり、着たり、遊んだりする品々を、堂々とした自己責任において、作り、管理している。彼らはむしろ、自分たちを取り巻く物理環境を、創造し、維持し、改良するという困難を楽しんでいるのだ。

(序章「ラロトンガへの脱出」より)


 彼らにあって、私を含めたその他大勢の一般人に欠けているものとは、なんなのだろう。

 彼らをはじめとする多くのDIY愛好家たちとしばらく付き合って私が学んだのは、彼らが生まれつきの才能に恵まれていたわけではないということだ。DIY界のヒーローでありアーティストでもあるミスター・ジャロピーは、一九九〇年代に、"器用な人"になるために、なんでもやってやろうと心に決めるまで、物作りに関してはほとんど知識がなかったという。DIYをやっている私の友人は、麻痺によって手が震えるのだが、それでもなんとか、繊細で複雑な機械いじりを楽しんでいる。

 電動工具で指を失ったDIY愛好家とも多く会ったが、それでも彼らは物作りをやめようとしない。

 彼らの秘密は、彼らが何か特別なものを持っているというよりは、むしろ何かを持っていないことにある。それは、失敗に対する恐怖感だ。ほとんどの人間は失敗を恐れる。そのため、自分の力量を超える技術を要することには手を出そうとしない。私が好きなDIY愛好家たちには、大学を中退しているか、大学には進まなかったという人が多い。高校すら卒業していない人もいるが、それは偶然ではないようだ。彼らは教育システムから脱出できたラッキーな人たちなのだ。学校では、失敗は成績の低下という懲罰の対象になる。私たちは、失敗は避けるべきものだと教えられてきたため、何かを作ったり修理したりといった挑戦を敬遠するようになってしまった。挑戦しても、最初に失敗してしまうと、すぐそこであきらめてしまう。

 私の最初のDIY体験も、まさにそれだった。二十代のころ、私は家の修繕を試みたのだが、パイプからは水が漏れるし、タイルは割れるし、壁紙にはしわが寄るし、ガーデニングでは、茶色くなったトマトの周りに雑草が生い茂るし、それで私は音を上げて、自分の創造的欲求を、取り消しキーがすべての失敗を帳消しにしてくれるコンピュータによるグラフィックデザインやイラストに向けてしまった。

 物作りは私のトラウマとなった。家回りの修繕や、編み物や、自動車の整備ができたり、ゴーカートやラジコン飛行機などを一から作ってしまう人たちに並外れた畏敬の念を抱く理由の一部はそこにある。私はDIY愛好家ではなかったが、そうした人たちへの憧れは、仕事に大いに役立った。「Make」の編集長として、どんなプロジェクトが読者に受けるかを感じ取る嗅覚が身に付いたのだ。筆者たちが記事を書いたり工作したものを、楽しく、誰にでもできる形で紹介するという裏方作業に、私は満足していた。

 しかし、ミスター・ジャロピーに出会い、私はそんなぬるま湯生活から引きずり出されてしまった。

(中略)

 その日、私たちは気が合い、友だち同士になった。後になって私は彼〔ミスター・ジャロピー〕に、他人のゴミを宝物に変えるコツを教えてほしいと頼んだ。「ボクがしていることは、特別なことだと思われている」と彼は、しばらく考えてから語り始めた。「ボク自身も、何をしようと考えているわけじゃない。ボクはただ生きているだけだ。ボクがしているのは、料理やガーデニングと変わらない。違うのは、それを阻むものを自覚しているかどうかだ。人は、何かを壊してしまうのではないか、ダメにしてしまうのではないかと恐れる。そして不幸なことに、それは正しい。ダメにするんだ。失敗してしまう。壊してしまう。だけど、それがこの約束された豊かな人生を、身の回りの物との意味深いつながりを勝ち取るためのワンステップなんだ。だから、それはどうしても通らなければならない道なんだよ。何かをダメにする勇気を持つことで、物が直せるようになる。スクラップから何かを作れるようになる。自分の好みに合わせて物を作り変えることができるようになるんだ」

 ミスター・ジャロピーの答えを聞いて、私は恥じ入ると同時に啓発された。恥じたのは、私のダメにすることへの恐怖心と、いつだって私の頭の中を走り抜ける「失敗するに決まってる」「プロに任せたほうが、もっと上手に早く安くできる」「感電する、毒にやられる、体の一部を失う、爆発する」といった言い訳を彼がズバリと突いたからだ。知ってか知らずかミスター・ジャロピーは、DIYへの挑戦から逃げ回る私のそんな哀れで弱い部分に斬り込んできたのだ。しかし、彼の答えは私を奮起させるものでもあった。私は、失敗したり壊したりダメにする許可をもらったような気がしたからだ。

 私が、ミスター・ジャロピーやその他のDIY愛好家たちから学んだのは、失敗は避けられないことであり、そればかりか、学んだり技術を磨いたりするうえで失敗は必要であるということだった。失敗は、自分が行動的で好奇心があるという証拠だ。

(1章「物をダメにする勇気」より)


......そこで私は、私のエスプレッソマシンにPIDを後付けする方法を探ることにした。ネットで調べてみると、私のランチリオ・シルビアは、PIDシステムを追加するのに最適なプラットフォームとして人気が高いことがわかった。

 ランチリオが愛される理由はたくさんある。細かく挽いた粉を強く詰めても湯が通る強力なポンプを搭載していること。クローム仕上げでボイラーとポルタフィルターは重厚なマリーングレードの真鍮製であること。そして、エスプレッソハッカーにとっては、改造が簡単である点で他のマシンと大きく差を付けているのだ。いろいろな意味で、シルビアは一九六〇年以前の自動車に似ている。電子系統はシンプルだし、マイクロチップもデジタル信号も、トランジスターすら使われていない。鉄製のカバーは普通のプラスドライバーで外せる。カバーを外せば、中は余裕がたっぷりだ。すべての内部機構には、簡単に手が届く。手が入るから部品の取り外しも取り付けも楽だ。

 シルビアは、ミスター・ジャロピーが言うところの"メイカーフレンドリー"(maker friendly)な機械だ。この言葉は、持ち主によって管理、修理、改造ができる機械製品のことを指す。

(中略)

 メイカーフレンドリーな製品を作りたいと考える業者は少ない。しかし、何かの拍子にそんな製品ができてしまうことがある。ランチリオ・シルビアはそんなマシンだ。最初に登場したのは一九九七年だった。そのときは製品としてではなく、ランチリオの高価な業務用エスプレッソマシンを扱う輸入業者や販売業者への贈呈用だった。その流れから考えれば当然だが、多くの部分で業務用マシンと共通する特徴を持っていて、とりわけ、頑丈さと修理のしやすさは秀逸だった。

 やがてランチリオはシルビアを家庭用マシンとして販売することになり、コーヒーハッカーのコミュニティは、あらゆる種類の実験的改造に最適なハッキング用プラットフォームとして、いち早くこれに目を付けた。古くからコーヒー好きのサイトとして知られていたalt.coffeeのメンバーたちは、シルビアをそのままの形で使い、細かいデータを丁寧に集めてサイトに報告した。そのため、シルビアは世界でもっとも研究資料の多いマシンとなった。すべては、シルビアの内部の働きを克明に調べ上げて情報をインターネットで公開してくれたハッカー軍団のおかげだ。彼らはまた、ランチリオに回路図を提供させて、PDFファイルでそれを公開した。そのうちこのマシンは、オーナーたちの思い入れを示すように〝ミス・シルビア〞と呼ばれるようになった。一般に、ミスター・コーヒーは愛情を注がれることもない単なるコーヒーメーカーだが、ミス・シルビアは、コーヒーハッカーたちと個人的に愛情関係で結ばれている。

(中略)

 私は、どのキットがシルビアに適しているか、グランビルに助言を求めた。すると彼は、穴を開けたり切ったりハンダ付けも必要ないアドオン式のキットがよいだろうと教えてくれた。ケンタッキー州レキシントンに住むジム・ガルトが作っているのがそれだ。彼のサイトpidkits.comで私はこれを注文した。二八〇ドルだった(シルビア本体の半分の値段だ)。数日後、靴の箱ぐらいの大きさの荷物が届いた。中には電子部品や配線や金具など収めたビニール袋がいくつかと、CDが一枚入っていた。私はパソコンにCDを挿入して説明を読んだ。

 前にも書いたが、シルビアのオーナーはシルビアを女の子として扱っている。ガルトのキットの説明書も例外ではない(「正面のスイッチ類が上に向くように、シルビアを仰向けに寝かせてください」)。個人が販売しているキットはたいていそうなのだが、説明書は非常にわかりやすく使いやすい。中国から輸入したキットのめちゃくちゃな説明書とはまったく(素晴らしく)違う。ガルトのキットには心がこもっている。すべてのケーブル類は、あらかじめ端子が付けられていて、きちんと丸められ、ジップロックの袋にまとめられている。また、「使わなくてもよい」としながらも、サーモスタットに塗るための熱接着剤の小さなチューブまで付属している。
 シルビアへのコントローラの取り付けはとても楽しい作業だった。

(中略)

 シルビアを使うたびに(旅行中でなければ日に三回は使う)、このマシンを自分の思い通りに働くように改造したときのことや、その過程で、それが実際にどのような仕組みになっているかを学んだことを思い出す。我が友チャールズ・プラットの名著『Make: Electronics』にはこう書かれている。「ある技術の仕組みを知れば、それに振り回されるのではなく、それを上手に使えるようになる。問題に直面したとき、ただイライラするのではなく、解決できるようになる」

 私は、技術的な知識を得たばかりでなく、エスプレッソが入れられる工程も、よくわかるようになった。そして、味と香りに以前よりも集中できるようになった。

(4章「ミス・シルビアをくすぐる」より)


 私は次の楽器の製作に入った。今度は、近所の葉巻店で譲ってもらった本物の葉巻の箱を使った。今度もたくさん失敗した。ネックには前の楽器と同じキッチンテーブルの松材を使ったのだが、風雨にさらされ割れやすくなっていたため、接着剤で固めてやる必要があった。フレット用に入れた切り込みは曲がってしまった。さらに、葉巻箱の蓋の厚さを正確に測らなかったため、指板が蓋の表面より低くなってしまい、上のほうのフレットでは音がビビる。こうした失敗が積み重なると、私はこのギターを放り投げて新しく最初から作り直したくなった。しかし私は、これはシガーボックスギター作りの練習なのだと自分に言い聞かせることにした。とにかく、失敗は気にせず、最後まで作り上げよう。この経験を活かして、次に作るときに同じ失敗を繰り返さないようにすればいい。つまりはこれが、DIYの最高の訓練なのだ。どんなに下手くそでも最後までやり遂げた経験が、あらゆる知識の源となる。そして、次に同様のプロジェクトに挑戦するときには、もっとうまくできるようになる。

(6章「心をふるわせる弦」より)


 自分の物を自分で作ったり直したりするようになった今、私は、自分が使っている、誰かが作った物やシステムに、前よりも深いつながりを感じられるようになった。正直言って、DIYプロジェクト中毒だ。ブログを書いたり、編集したり、執筆したりで、丸一日インターネットを使っていても、達成感が得られなくなってきた。私はバイナリデータの雨の中で手をバタバタさせているだけだ。ビットを捕まえ、ちょっといじって、またカオスの中に投げ込む。そんな仮想世界に長くいると、得体の知れない不安感がこみ上げてくる。しかし、一日のわずかな時間でも、手を動かして、何か物理的な物を作ったり直したりすれば、その不安感は薄らいでいく。現実に何かをしたという気持ちになれるのだ。

 何かを作ったり、家庭の便利屋として働くようになって、私は物事の仕組みをより深く知るようになった。そして、DIY愛好家としてわずかばかりの自立を実現したことが、大きな成果をもたらしてくれた。私は、それぞれの工程ごとに、次の段階の可能性をじっくり時間をかけて考えながら、物作りに没頭するのが好きだ。作業台から離れているときは、作っているものの3Dイメージを頭の中に描く。そして、Google SketchUpでやるように、それを回転させながら、形をいじっていく。思っていたとおりに作れそうだという感触を得たときは気分がいい。完璧でなくても、自分で作った物を自分で使うのは誇らしく思う。

(終わりに「DIY主義の台頭」より)

O'Reilly Japan - Made by Hand

Posted by Hideo Tamura | Jul 10, 2011 12:00 AM
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